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東京高等裁判所 昭和25年(う)3907号 判決 1951年5月29日

控訴人 被告人 崔憲徳 外二名

弁護人 山田盛

検察官 入戸野行雄関与

主文

原判決を破棄する。

本件を横浜地方裁判所に差戻す。

理由

弁護人山田盛の控訴趣意は同人作成名義の控訴趣意書と題する末尾添附の書面記載の通りである。これに対し当裁判所は次の通り判断する。

弁護人の控訴趣意について、

第三点(但し一見通常人をして真正の軍票と誤認させる様な軍票を偽造したという認定事実は証拠に基づかないで裁判したという論旨)について。

判示偽造軍票は真貨に酷似し、一般人をして真貨なりと誤信させる程度のものであることは原判決挙示の証拠では十分でない。蓋し所論真貨たる軍票は一般日本人にはその所持を禁止せられているもので、真貨が如何なるものであるかは裁判所においても顕著な事実ではない。判示偽造軍票が真正の軍票に酷似しているかどうかは偽造軍票が単に真正の軍票と同一の大きさであるとか、真正の軍票の写真原版を用いて偽造したという事実の証拠だけでは証明十分でない。軍票の偽造に用いた紙の質、その着色具合等も参酌しなければならない。勿論真貨と親しく対照して検討する必要はなく、証人の供述によつても、これを認定することができるが原判決掲記の証拠では偽造軍票が一般人をして真貨と誤信させる程度のものであつたという事実を認定するに充分でない。即ち原判決には理由不備の違法がある。この点に関する論旨は理由がある。以上のような理由で原判決は到底破棄を免れないから爾余の論旨に対する判断を省略する。仍つて刑事訴訟法第三百九十七条、第四百条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

弁護人控訴趣意

第三点原判決は判決に理由を附せず、且つ証拠によらず事実を認定した違法がある。

凡そ有罪の言渡を為すには被告人の如何なる所為が罪となりその所為は何時何処で如何様に行われたものであるか証拠によつて具体的に確定しなければならない。然るに原判決が被告人等を通貨偽造罪に問擬するに付て確定した事実は「被告人……三名は共謀の上行使の目的を以て……昭和二十三年七月頃……柳川清美を通じて右真正五弗軍票の表裏を各約五倍位に拡大複写した写真を作らせ、同年九月中旬頃から……前記複製写真並に真正五弗軍票を手本として……原版を作製し同年十月二十日頃から同月二十七日午前二時頃までの間に……石版印刷機一台、内面を薄赤色及び薄浅黄色に着色したB模造紙二枚をはり分せこれを真正軍票原寸大に裁断したもの、黒色その他のインキ及び前記原版等を用いて、表面は黒、紺藍、緑、浅黄、裏面はセビア薄牡丹の六色刷の一見通常人をして真正の軍票と誤信させるような米国占領軍五弗表示軍票及び同十弗表示軍票各約二百枚(……)位を偽造したものである」と言うのである。然し乍ら此の判示を以ては被告人等如何なる行為を以て通貨偽造の所為となし、又何時を以て偽造完成の時即ち既遂の時となしたのであるか明かでない。尤も判文上「偽造したものである」との文言はある。かかゝる文言はある所為に付ての裁判所の為した価値判断を示したものと言うべく事実の摘示と見ることはできないから結局判決に理由を附してない違法があると言わなければならない。又判示によれば十月二十日頃から同月二十七日午前二時頃までの間に偽造したと言うのであるが、かような判示では二十日頃から二十七日午前二時頃までの間の或る時に偽造したと言うのか、其の間継続して毎日偽造した(日々に偽造完成したものが集積して判示数量に達した)と言うのか、二十七日午前二時に於て始めて判示数量の偽造を完成したと言うのか明かでないから結局理由不備の違法があると言わなければならない。更に「一見通常人をして真正の軍票と誤認させる様な軍票を偽造した」と判示したが、これは全く証拠に基かずに裁判したものである。即ち原判決挙示の証拠によれば「出来上つたものは崔がこんなのものにならないから燒いてしまえと言つて燒いてしまつた程の出来映えであり(被告人趙の第三回公判廷に於ける供述)「ブローカーの中山に見せたらこれが真物か人をからかうにもいゝかげんにしろと言われた」程(被告人崔の第四回公判廷に於ける供述)の玩具の様なものであつた」(被告人吉田の第三回公判廷に於ける供述及び同人の司法警察員に対する供述調書の記載)のである。此の様に真正のドル軍票を一見したことのある者は一見してそれが偽物であることが判明する程度の代物であつたのであるから未だ偽造の域に達しなかつたことが明かである。これと反対の認定をなし得るような証拠は全然存在しないのである。尤も原判決は押収に係る偽造十弗軍票一枚及び五弗軍票写真原版二枚を証拠として挙示しているが、被告人等は十弗軍票に付ては自己の作製したものであることを認めて居らず、それが被告人等の作製した物であるとの証拠は存在しない(当五弗軍票原版を以ては之れを用いて作製した軍票が判示のようなものであることは認定できない。)からこれを採つて以て被告人等の犯罪を認定することはできない。のみならず、これを証拠に供し得ると仮定してもこれを鑑定せしめることもなく、裁判所の独断を以て(裁判所と雖も通常真正なるドル軍票を使用しているものでなく、従て日本銀行券を見ると同様に容易にその真偽を鑑別し得る能力を有する謂れがない。然るに原審は押収に係る偽造軍票を真正軍票と対照調査とすることさえもなさず、公判廷に於て対照調査をしていないこと及びその後に於てもその機会なきこと-直に仮還付したから-は公判調書の記載に徴し明白である)前記の如き認定をしたのは結局証拠によらずに事実を認定した違法があると言わなければならない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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